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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(行ツ)59号 判決

東京都杉並区高円寺北一丁目九番二号

上告人

大河原幸作

同所同番同号

上告人

大河原貞子

右両名訴訟代理人弁護士

山本政敏

林豊太郎

東京都杉並区成田東四丁目一五番八号

杉並税務署長

被上告人

宮森順治

右当事者間の東京高等裁判所昭和五四年(行コ)第九五号、同五五年(行コ)第二〇号所得税更正処分等取消請求控訴、同附帯控訴事件について、同裁判所が昭和五七年二月八日言い渡した判決に対し、上告人らから一部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人山本政敏、同林豊太郎の上告理由第一点について

本件合意解除に要素の錯誤がないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、判決の結論に影響を及ぼさない点につき原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

本件合意解除は昭和三七年法律第六七号による改正前の所得税法六七条一項の規定により否認されることを免れないものであるとした原審の判断は、原審の適法に確定した事実関係の下において、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田礼次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 矢口洪一 裁判官 高島益郎)

(昭和五七年(行ツ)第五九号 上告人 大河原幸作 外一名)

上告代理人山本政敏、同林豊太郎の上告理由

最初に理解の便宜上、本件と関連する別件事件を掲記しておきたい。

すなわち、本件は、昭和三五年一〇月六日、上告人らと訴外有限会社大和不動産(以下大和不動産という)との間に成立した合意解除につき、被上告人がその行為計算を否認し、大和不動産から上告人らに対し、合意解除にかかる土地につき、時価相当額の贈与があったと認定し所得税を賦課したことに対する取消請求である。他方、別件の関連事件は、右合意解除につき同様にその行為計算を否認し、大和不動産に対し合意解除にかかる土地に関し時価による譲渡行為があったとして、その所得に対し法人税を賦課した事件である(以下、この関連事件を別件事件と略称する。なお、別件事件は現在昭和五六年(行ツ)第六五号法人税更正処分等取消請求上告受理事件として御庁に係属中である。参考のため、別件事件の第一、二審の各判決及び上告理由書を添付する。)

第一点 原判決には理由不備、審理不尽の違法がある。

(一) 原判決が引用する第一審判決は合意解除の経緯につき次のように認定している。

「……賃借人の一部は……昭和三五年六月三日大和不動産はなんら実体を伴わないものであるとの理由で静岡地方裁判所沼津支部(大和不動産の登記簿上の本店所在地は伊東市であった)に対して同社の解散命令を求める申立てをした。そこで、大和不動産は、右事件につき弁護士木暮勝利に訴訟委任をして抗争したが、訴訟が進行するにしたがって、同社が実体のない会社であると認定された裁判所から解散命令を受けるのは必至となったので、そうなれば代々大河原家の財産であった右土地が清算手続によって第三者の手に渡ってしまうのではないかと危惧し、昭和三五年九月ころ原告幸作、木暮弁護士、大和不動産の代表取締役市島徹太郎らが集まって善後策を協議した結果、木暮弁護士のすすめに従い、房次郎の相続人である原告らと大和不動産との間で右土地についての前記売買契約を合意解除してその所有権を原告らに移し、その後に大和不動産が自ら解散してしまうことが最良の解決策であるということになった。その際、原告幸作らは右合意解除に伴う税負担を懸念しこのことが話題にのぼったものの木暮弁護士から税が課せられるはずはないと指摘されたことにより、結局、同弁護士の助言に従うことに落ちついた。」(第一審判決書七〇枚目表の二行目から裏最終行まで)。

(二) 右認定によれば、あたかも上告人ら自身が裁判所から解散命令を受けるのは必至であると判断し、自主的に大河原家の財産である土地が清算手続によって第三者の手に渡ることを防止するため、先の売買契約を合意解除して所有権を自らに移し、その後大和不動産を解散することを考え出したかのようであり、木暮弁護士が右一連の判断において何をしたのか、どのような役割を果したのかということは全く明らかにされていない。判決は木暮弁護士がこれらの協議に参加したとか、「木暮弁護士のすすめに従った。」といったような表現をしているだけであるが、少なくとも信頼する弁護士に訴訟事件の依頼をなし、事件処理を一任した以上、一般にその事件の解決方法は弁護士の手のうちにあり、依頼者としては殆んど口を出す余地のないものである。僅かに、本人が口を出せるのは法律判断の伴なわない種類の和解条件についてであり、この場合でも多少とも法律判断が必要な場合、本人としては全て弁護士に一任せざるを得ないのが通常である。本件の場合についてみるに、解散命令が必至であるか否かということは法律判断そのものであり、大河原家の財産である土地が清算手続によって第三者の手に渡ってしまうおそれの有無、合意解除の法律効果等も高度な法律判断を要する事柄である。このような事情と、木暮弁護士が実際に果した役割と行動を顧みることなく、上告人らの自主的役割を過度に強調した原審の認定は甚だ不当なものだといわなければならぬ。もし、上告人らに多少の法律知識があり、一連の判断にあたって、上告人らが主となり木暮弁護士が従たる立場で行動したというのであれば、そのような事実が証拠上明らかになっていなければならない。勿論、本件においてはそのような証拠を見出すことは出来ないのである。

更にまた、判決は上告人らが合意解除に伴う税負担については、木暮弁護士から税が課せられるはずがないとの指摘があったのでその助言に従ったと認定しているが、木暮弁護士が合意解除と税負担の問題について上告人らに対してとった態度は助言以上の一方的指導なのであった。

要するに、本件合意解除は解散命令申立事件の解決方法として木暮弁護士がとった処置であり、かかる実体に目を向けることなく、合意解除の成立につき不当に木暮弁護士の役割を軽視し、上告人らの自主性を不当に重視した原審判決には、上告人らは到底承服することができない。

(三) 原審判決は本件合意解除には要素の錯誤はないとして「税負担の有無、軽重は、当該法律行為及びよって生じた法律効果の実体に則して、法律行為者の意図に拘束されることなく決せられる事項であるから、税負担の有無、軽重について当事者に判断の誤りがあったからといって、当該法律行為の重要な部分について誤りがあったということはできない。」と判示している。

しかしながら、右の判断には問題がある。

税負担の有無、軽重についての判断の誤りは絶対に要素の錯誤たりえないものではない。例えば、ある法律行為を選択するにつき、税が課せられるか否かについて専門的知識が必要である場合、これを税の専門家、例えば税理士、公認会計士等に相談したところ、税は課せられないとの教示を得て具体的法律行為をしたところ、教示に反して税金が課せられ、しかもその税金の額が多大である場合、果してそれにもかかわらず法律行為の要素の錯誤にならないであろうか。もっと極端な事例を挙げると、税務職員から当該の法律行為には税金が課せられないとの教示を受けて法律行為をした者が、実際には税金を課せられたとき、その者を救済しなくてもよいであろうか。もし、その者を救済するとすれば、錯誤理論による以外にないと思われるのである。本件は、法律専門家である弁護士が解散命令事件を終息させるには合意解除が最良の方策であると、その選択を上告人らに求め、上告人らが念のため、税金はかからないのかと尋ねたところ、「税は課せられるはずがない」と答え、しかもなお重要なことは、木暮弁護士が事を専門家の権威で、上告人らに押しつけ一方的に処理してしまったという事案なのである。

このような場合、「税負担の有無、軽重は当該法律行為の実体に則して、法律行為者の意図に拘束されることなく決せられる事であるから」税負担についての判断の誤りは、要素の錯誤にならないといって突き放してよいものであろうか、大きな疑問が残るといわなければならない。確かに税負担の有無、軽重についての判断の誤りが要素の錯誤になることは稀であるとは思われるが、稀な事例として要素の錯誤の場合があり得るのであり、それはまさに具体的事例に則し、誤った判断をするに至った経緯の詳細、すなわち関係当事者の地位と役割、当該法律行為の効果並びにそれに伴う税金の有無、軽重等の事情を詳細に検討したうえで決せられるべきものである。特に本件の場合、強調しておかなければならぬことは、前述のごとき木暮弁護士の主導的行動の他、被上告人と別件事件の中野税務署長は、上告人らと大和不動産に対し、所得税法及び法人税法の行為計算否認の規定を適用し、上告人らに対し贈与があったとして所得税を課し、大和不動産に対し土地の譲渡があったとして法人税を課しているのであるが、大和不動産からは税の徴収が期待できないので、国税徴収法により上告人らに対し大和不動産の法人税につき第二次納税義務を負担させているのである。

そのため、上告人らは厖大な額の税金を二重に課せられることになりまさに破滅的事態に立ち至ったのであるが、果してそのような事情にもかかわらず本件合意解除には要素の錯誤はなかったと言ってしまってよいものであろうか。まことに、原審判決は、以上の諸点を些細に審理したうえ、錯誤の有無の判断をしなければならなかったのに、これを怠ったことは明らかであり、審理不尽、理由不備の違法があるといわなければならぬ。

第二点 原判決には法令違背の違法がある。

(一) 同族会社の行為計算否認規定(旧所得税法第六七条第二項)によれば、「政府は同族会社の行為又は計算で、これを容認した場合においてその株主若しくは社員又はその親族、使用人等その株主若しくは社員と特殊の関係にある者の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは」その行為計算を否認することができるとされている。右規定の租税負担を不当に減少させるという点の解釈適用に当っては、目的とする一定の効果との関連において、選択された行為計算が正常か異常か、合理的か不合理的かによって決しなければならないものであるが、その場合最も注意を要するのは、安易に租税負担の公平とか課税の実質的公正などといった観念を持ち込んではならないということである。たとえば、仮に選択された行為計算が一見異常、不合理なもののように見えても、そのような方法を選んだことにつき特別な事情あるいはやむを得ない事情(これらを正当な事情といってもよい)が認められる場合には、行為計算が異常、不合理であるということでこれを否認することができないものといわなければならない。この場合、正当な事情というのは、そうせざるを得ないもっともな決定的事情の存在を指すものである。

そこで本件合意解除についてみると、木暮弁護士の判断と指導によりこれが成立したのは、借地人の一部が、大和不動産が脱税目的で設立された何ら実体を伴わない会社であるとの理由で、静岡地方裁判所沼津支部に解散命令申立をしたことが契機となっているわけである。すなわち、解散命令申立人である借地人らの主張は、(イ)大和不動産が本件土地を上告人らの先代である房次郎から取得したのは脱税目的のためである。(ロ)本件土地は、上告人らが実質的に所有し管理しているものであるから、大和不動産は本件土地の実質的所有者ではなく、名義上の所有者にすぎず、従って大和不動産は何ら実体のない会社であるということなのである。つまり、借地人らの主張は、端的に言えば、大和不動産が所有名義人であることをやめて、土地の名義を実質的所有者である上告人らに戻せということなのである。

そこで、木暮弁護士としては、借地人らが土地の実質的所有者である上告人らに土地の名義を戻せといっているからそれに応えてそのようにしてやればよい。そうすれば解散命令の申立も目的が消滅して終了することになる。もともと房次郎から大和不動産へ名義を移転したのが、仮に借地人らのいう通り問題のあるものとすれば、法律的にはもとの状態に回復させるということにならざるを得ないのであるから、その法律形式は合意解除を取り結ぶという外にないと判断し、そのような判断のもとに上告人らに合意解除を成立させることを求めたわけである。否、求めたというよりも、上告らはそれ以外に方法がないとしてその判断に従わせられたのである。

つまり、以上のような事情からすれば上告人らとしては、それ以外に方法のない、そうせざるを得ないものとして合意解除を選択させられたのであるから、抑、上告人らについて、合意解除なるものが正常か異常か、合理的か不合理的かなどを判断する余地がなかったのである。これらの事情を鑑みることなく、本件合意解除を否認した原審判決の判断は、旧所得税法第六七条第一項の解釈と適用を誤ったものであり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。

(二) すでに明らかなとおり、被上告人は本件合意解除を否認して上告人らに対し、大和不動産から上告人らに対し本件土地の時価から一定額を控除した金四、三二四万八、四一八円の贈与があったとみなし、他方訴外中野税務署長は、本件合意解除を否認して、大和不動産は上告人らに対し本件土地を当時の時価金四、六〇五万三、五二五円で売買譲渡したものと認定しているのである。

果して、一個の合意解除を否認して、一方当事者に売買があり、他方当事者に贈与があったというような認定が許されるのであろうか。

そもそも同族会社の行為計算否認規定の趣旨は、行為計算が異常、不合理な場合これを否認し、正常な行為計算があったとして課税計算しようとするものであり、それ以上のものではない。たとえば、本件におけるように合意解除を否認してこれを一方当事者に贈与があったと認定した場合、それのみで充分であって、更にそれと同時に、他方当事者に売買があったと認定するのは許されないと言わねばならない。現実に売買がなされた場合、それに贈与という行為が併存あるいは付随するなどということはありえない。現実にありえないことを、それがあると擬制するのは、まさに観念の遊戯という外はないと言わねばならない。本件の場合被上告人並びに訴外中野税務署長は、大和不動産に対し合意解除を否認し、時価による売買があったとして同会社に対し譲渡取得税を課し、同時に上告人らに対しては贈与があったとして所得税を課し、更にそのうえで、上告人らに対し大和不動産の法人税につき第二次納税義務告知処分をしているのである。その結果、上告人らは破滅的ともいうべき多額な税金を課されたのであるが、その点はともかくとして合意解除を否認した場合に、売主とみなされた会社に譲渡取得があったとして法人税を課し、同時に買主とみなされた個人に贈与があったとして所得税を課するのは、法律の適用を誤った違法があるといわなければならない。つまり合意解除を否認した場合、正当に税金を課することができるのは、会社に対する法人税か個人に対する所得税のいずれかであり、一方の税金を課する場合には他方の税金を課すべきでない。旧法人税法第三一条の三第一項と昭和三七年法律第六七号による改正前の旧所得税法第六七条第一項の趣旨もそのように解すべきものである。すなわち、旧所得税法第六七条第一項にある「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」については、売主である会社に対して譲渡所得があったとして法人税を賦課した以上、買主個人に対しては贈与はないと認め所得税の負担を不当に減少させる場合にあたらないと解すべきである。又もし買主個人が贈与を受けたとされ所得税を課せられた場合、旧法人税第三一条の三第一項にある「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」については、買主個人に所得税を賦課した以上、会社に対しては所得がないと認め法人税の負担を不当に減少させる場合にあたらないと解すべきである。

以上の次第であるところ、原審判決は、本件合意解除を否認し、大和不動産に対し法人税を課しているのに、更に上告人らに対し所得税を課したのは、法律の解釈適用を誤った違法があり、このことは判決に影響を及ぼすことは明らかであると言わなければならない。

(注) 解散命令申立事件について一言付加しておきたい。

大和不動産が脱税目的で設立されたとか、実体のない会社であるなどという申立人らの主張は理由のないものである。従って、大和不動産が「実体のない会社であると認定され裁判所から解散命令を受けるのは必至」であったということはない。仮に大和不動産の業務(賃料収受等の不動産管理業務)を大河原幸作がしていたからといって、大和不動産が実体のない会社とはいえない。また脱税目的のために設立したというのは、将来相続が開始したとき、相続税が課せられないことを指しているものと思われるが、そのような目的のために大和不動産を設立したものでもない。

合意解除を成立させたのは、要するに木暮弁護士の、借地人との間で無用な争いを続けることの得策でないとの判断に基づくものにすぎないのである。合意解除の経緯を考える際に是非以上のような実情を理解されたい。

(添付書類省略)

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